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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)2767号 判決

原告

大塚喜久子

被告

関新

ほか二名

主文

一  被告らは各自原告に対し金八〇三万九九二七円及びこれに対する昭和五七年九月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し一四九九万三〇六〇円及びこれに対する昭和五七年九月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は、左記の交通事故(以下、「本件事故」という。)によつて傷害を受けた。

(一) 日時 昭和五三年一〇月五日午前九時四〇分頃

(二) 場所 福岡市博多区住吉五丁目一四番四号十字交差点

(三)(1) 被告関車 普通乗用自動車(タクシー)(福岡五五い九九〇二)

右運転者 被告関

(2) 被告大久保車 普通貨物自動車(福岡四〇あ七八五一)

右運転者 被告大久保

(四) 被害者 原告(右タクシーの乗客)

(五) 事故態様

右の交差点における被告関車(タクシー)と被告大久保車との出合い頭の衝突事故

(六) 被害状況

原告は、本件事故により、第五、第六頸椎椎間狭小化及び椎体後方突出の傷害を受け、次のとおり治療を受けたが、現在も頭痛、首筋のしびれ、痛み、右手右足のしびれ、痛み、感覚まひ等の症状に苦しんでいる。

(1) 昭和五三年一〇月六日松田整形外科医院に通院(実日数一日)

(2) 昭和五三年一〇月七日から昭和五四年五月七日まで二一三日間同医院に入院

(3) 昭和五四年五月八日から昭和五五年五月七日まで同医院に通院(実日数二三九日)

(4) 昭和五五年五月二八日から同年五月三〇日まで古賀整形外科クリニツクに通院(実日数二日)

(5) 昭和五五年六月二五日三信会原病院に通院(実日数一日)

(6) 昭和五五年六月二六日から昭和五七年一二月一三日まで九〇一日間同病院に入院

(7) 昭和五七年一二月二〇日から昭和六〇年七月八日まで同病院に通院(実日数一一四日)

2  責任原因

(一) 被告関及び被告大久保は、各交差道路に対する安全確認義務が不充分であつた過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告九州タクシー株式会社は、前記タクシーを所有し自己のために運行の用に供していた者(運行供用者)であるから、自賠法三条に基づき本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害 三二五六万八九一七円

(一) 退院までの治療費 三七七万八六一二円

昭和五六年四月一日から昭和五七年一二月一四日までの三信会原病院における治療費三七七万八六一二円

(二) 退院後の治療費 二三万一七三四円

昭和五七年一二月二〇日から昭和六〇年七月八日までの三信会原病院における通院治療費(国民健康保険のため本人負担分)は、合計二三万一七三四円である。

(三) 通院のための交通費(バス代) 五万五六八〇円

昭和五七年一二月二〇日から昭和六〇年七月八日まで三信会原病院に通院(実日数一一四日)分の交通費

(1) 昭和五七年一二月二〇日から昭和五八年九月二六日まで

一万七六〇〇円(四〇日間、一日当たり四四〇円)

(2) 昭和五八年一〇月三日から昭和五九年九月一〇日まで

二万〇一六〇円(四二日間、一日当たり四八〇円)

(3) 昭和五九年一〇月一日から昭和六〇年七月八日まで

一万七九二〇円(三二日間、一日当たり五六〇円)

(四) 入院雑費 六六万八四〇〇円

原告の入院総日数は、一一一四日(松田整形外科医院に二一三日、三信会原病院に九〇一日)であり、入院雑費を一日当たり六〇〇円で算定すると総額六六万八四〇〇円となる。

(五) 逸失利益 一九八三万四四九一円

原告は、本件事故による傷害により現在まで労働ができなかつたし、今後も後遺症はいつ治るかわからず労働できないものと考えられる。従つて、逸失利益は次の諸基準により一九八三万四四九一円となる。

(1) (事故時年齢)五四歳(大正一三年一月一九日生)

(2) (逸失の期間)就労可能年数(六七歳)まで

(3) (収益)原告は、本件事故当時、主婦であるかたわら軽食喫茶「桂」を自営していたのであるから、この主婦労働面と自営主面をあわせて評価するとき平均賃金(一か月一六万八三〇〇円)を下ることはない。

(4) (労働能力喪失率)一〇〇パーセント

(5) (五四歳の新ホフマン係数)九・八二一

(六) 慰謝料 八〇〇万円

原告は、本件事故のときから昭和六〇年一〇月二一日現在まで現実に労働することができなかつたし、この間前記のとおり入院や通院等を余儀なくされており、これらの諸事情を考え合わせると原告の精神的損害を慰謝すべき額は八〇〇万円を下らない。

4  損害の填補 一五〇万円

原告は、本件事故により蒙つた損害に関し、昭和五五年六月一一日に支払を受けた一五〇万円を損害額から控除する。

5  よつて、原告は、被告らに対し、前記未填補の損害三一〇六万八九一七円のうち一四九九万三〇六〇円及びこれに対する本件事故発生の日の後で被告らに訴状が送達された日の翌日である昭和五七年九月一二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因の認否

1  請求の原因1の(一)ないし(五)の各事実は認める。

請求の原因1冒頭の原告の負傷の事実及び(六)の事実は否認する。

2  請求の原因2の各事実は認める。

3  請求の原因3の各事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求の原因1の(一)ないし(五)の各事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証ないし第一二号証によると、本件事故に因り、タクシーの後部座席に乗車中の原告が頸部に傷害を負い、請求の原因1(六)(1)ないし(7)のとおり治療を受けた事実が認められる。

右事故態様から一般的にはタクシーの乗客に過大な後遺症を残す傷害が発生する事故態様とは窺えない。

二  責任原因

請求の原因2の各事実は当事者間に争いがない。

従つて、被告関及び被告大久保は民法七〇九条に基づき、被告九州タクシー株式会社は自賠法三条に基づき、本件事故に因り原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

三  原告の受傷の程度及び本件事故との因果関係

前示事実、前示乙第五号証及び同第八ないし第一二号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告は本件事故直後は痛みはなく、事故翌日の昭和五三年一〇月六日に松田整形外科医院で診察を受けたところ、頸椎捻挫で七日間の入院加療を要する旨診断され、翌日の同月七日に同医院に入院した。その際のレントゲン検査によつて第五、第六頸椎間狭少の変性が指摘されている。入院後四、五日を経た頃から、頭痛と首のはれ感や痛みを訴え始めたため、電気、湿布、注射等による治療が施され、昭和五四年五月七日に退院した。退院後は、福岡大学附属病院及び古賀整形外科クリニツク等の診察を受け、昭和五五年六月二六日に三信会原病院に入院した。同病院入院当初の診断では、頸部の後屈時の疼痛、首を左に曲げた時の疼痛、右上腕神経叢の圧痛、他にスプールリングテストは右がプラス、左がマイナス、右背筋の圧痛、レントゲン検査では頸椎椎間板の第五、第六番目に変性が認められたのであるが、首のけん引、極超短波の照射、神経栄養剤、安定剤の服用による治療を続け、昭和五七年一二月一三日に同病院を退院した。その後も通院とけん引による自宅治療を繰り返しているのであるが、なお頸部の後屈時の疼痛、右腕のしびれが後遺症として残つている。他方、鑑定人寺本成美の鑑定の結果によると、原告は、本件事故前から年齢的に頸椎に退行変性を保有していた事実が認められる。

以上の事実によると、原告がすでに年齢的に保有していた頸椎の退行変性に、本件事故による頸椎捻挫の傷害が加わつて、頸部にかかる負因を有しない正常人に比べ、通常以上に症状の増悪を見、右後遺症を惹起するに至つたことが推認できる。そして前示事実に鑑定人寺本茂美の鑑定の結果によると、原告は本件事故による外力を受けなくても受傷日より数年後には右頸部の退行変性に起因して現症状と類似の症状を発現し得る状況にあつたものと推認できる。従つて、本件事故と右後遺症との間には、右の頸椎の退行変性に寄因する分を除外した限度において、相当因果関係が存するものと認めるのが相当である。

四  損害

1  治療関係費 四七三万四四二六円

(一)  退院までの治療費 三七七万八六一二円

原告本人尋問の結果(第一、二回)及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六ないし第九号証によると、原告は三信会原病院における入院治療費として三七七万八六一二円の損害を蒙つたことが認められる。

(二)  退院後の治療費 二三万一七三四円

原告本人尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一ないし一一四によると、原告は同病院退院後の通院治療費として二三万一七三四円の損害を蒙つたことが認められる。

(三)  通院のための交通費 五万五六八〇円

前示甲第一二号証の一ないし一一四及び原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告は同病院への通院のためにバスを利用し、交通費として五万五六八〇円を支出したことが推認できる。

(四)  入院雑費 六六万八四〇〇円

前示乙第五号証及び原告本人尋問の結果(第一、二回)に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は松田整形外科医院に昭和五三年一〇月七日から昭和五四年五月七日までの二一三日間、及び三信会原病院に昭和五五年六月二六日から昭和五七年一二月一三日までの九〇一日間の計一一一四日間入院した事実が認められるが、一日当たりの入院雑費は六〇〇円とみるのが相当であるから、原告は前記総入院期間中入院雑費として六六万八四〇〇円の損害を蒙つたとみるべきである。

2  逸失利益 三〇〇万六八七七円

前示事実、証人的場正宏の証言原告本人尋問の結果(第二回)に弁論の全趣旨を総合すると、原告には今なお頸部の後屈時の疼痛、右腕のしびれが後遺症として残つており、労働能力の減少をもたらしていることが認められ、右症状は容易に完治することは困難と推察されるから、右後遺症は少なくとも六年間存続するものとみて、後示原告の職種に照らし労働能力の喪失率を右期間を通じて三五パーセントとみるのが相当である。そして、弁論の全趣旨によると、本件事故前原告は主婦であるかたわら軽食喫茶を営んでいたこと、他方かかる営業による収益は多少の変動が予想されることを考慮すると、逸失利益の算定の基礎とすべき原告の収益としては、昭和五四年度賃金センサス第三表(サービス業を含む産業計)(福岡)全女子労働者の平均賃金年額一六七万三五〇〇円ををもつて相当というべきである。そこで、右逸失利益額を新ホフマン係数五・一三三六により本件事故時の現価を算定すると三〇〇万六八七七円となる。

3  慰謝料 三〇〇万円

本件事故による前示認定の傷害の部位・程度、入通院期間、後遺症の程度その他本件に顕れた諸事情を斟酌すれば、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は三〇〇万円が相当と思料する。

五  原告の素因の考慮

前示のとおり原告の事故後における症状の発現は、原告がすでに年齢的に保有していた頸椎の退行変性に、本件事故による頸椎捻挫の傷害が加わつて惹起されたものであること、原告は本件事故にあわなくても数年後には類似の症状を発現し得る状況にあつたことが認められるから、その症状による全損害を加害者に負担させるのは損害の公平な分担という不法行為法の理念にそぐわない。従つて、被害者の素因を減額事情として考慮し、右逸失利益及び慰謝料の損害についてはその合計額の八割相当分のみが本件事故と相当因果関係を有するものとして被告らに対し賠償させるのが相当である。

そこで、被告らが負担すべき損害は、前示治療関係費四七三万四四二六円の全額、前示逸失利益及び慰謝額合計六〇〇万六八七七円の八割相当分四八〇万五五〇一円の合計九五三万九九二七円となる。

六  損害の填補

原告が、本件事故により蒙つた損害に関し、昭和五五年六月一一日に一五〇万円の支払いを受けたことは自認するところであるから、右金額を前示五の九五三万九九二七円から控除すると残額は八〇三万九九二七円となる。

七  結論

よつて、本訴請求は被告らに対し各自八〇三万九九二七円及びこれに対する本件事故発生の日で訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮良允通)

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